2012年12月30日 聖家族
・第1朗読:サムエル記(サムエル上1・20-22,24-28)
・第2朗読:使徒ヨハネの手紙(一ヨハネ3・1-2,21-24)
・福音朗読:ルカによる福音(ルカ2・41-52)
【晴佐久神父様 説教】
降誕節のはじめ、聖家族の祝日です。今日は12月第5主日で、子どもたちの奉仕のミサですから、聖家族のミサ、ぴったりでしょう? 子どもたちの声、かわいいですからね。「おたちください」とかね、かわいい声で言われると、いつもより「はいっ」と素直に立てるというか。子どもたちを迎え、子どもたちを囲んで、われわれはいっそう家族っぽい。子どもミサは、聖家族の祝日にぴったりだな〜って、さっきから感じてますよ。
「聖家族」って、イエスさまを迎えて、聖家族なんですね。マリアとヨセフだけじゃあ、聖家族とは呼ばない。まあ、いい家族ではあったでしょうけど、「聖家族」っていうのは、イエスを迎えてこそ、聖家族になる。
その意味では私たちも、まったく「聖家族」ですよ。クリスマスでイエスさまを迎えて、私たちはもう聖なる家族です。互いに祈り合い、助け合い、一致して、ひとつの家族であるという喜びに満たされて、この世界がみんな「聖家族」になるまで、私たちキリストの教会は聖家族の目に見えるしるしになるんですよ。今日の集会祈願にも、「聖家族を模範として」ってありましたでしょ? われわれはまさに聖家族を模範とするし、さらには聖家族を模範とするわれわれ自身が「聖家族」となって、われわれを模範として全世界が真の家族になって救われるようであってほしい。「あの集まりは、ホントに聖なる集まりだね」と、「あれこそ天国の家族だね」と言われるように。もうすぐ来る2013年、それ目指しましょう。
2012年も、ホントにいろいろあったけれども、終わりますねえ。心配なこと、さまざまなことを気にしながら過ごした2012年。私も個人的にもいろいろあったなあと思うし、皆さんもそうでしょう。社会的にもそうです。
でも、このプロセスはぜんぶ、やがてすべての人が「天の聖家族」になるっていう、そこに向かうプロセスなんであって、2012年よりは、間違いなく2013年が、「聖家族」に近づいていくはずです。神さまが、そうなさってますから。僕らはそれを信じて、受け入れて、協力して、いっそう「聖家族」をやっていきましよう。
この世の家族もいいもんだけど、それはまだ準備中の仮の家族なんであって、「天の家族を目指しましょう!」ってね、クリスマスのミサでお説教しましたが・・・なんかその家族が、いつものミサより少ないような気がしますけど・・・そういえば今、インフルエンザで倒れてる人、結構多いんですよ、信者さんの中で。潜伏期間考えると、たぶんクリスマスにうつし合ったんですね。(笑)まあ、家族だからこそ、うつるわけですし、同時に家族だからこそ、祈り合いましょうね。私の同居人も、今インフルエンザで倒れてますし。
家族とは言っても、結構、お互いのこと知らないってこと、多いじゃないですか。ですから、もっと互いにつながって、連絡取り合って、お互いにいろいろ大変なことを抱えていても、祈り合う教会家族がいるからとっても安心っていう「聖家族」を、ちゃんとやっていきましょう。そうすれば、人々はそれを見て、「ああいうつながりいいね〜♪」って言ってくれる。実際に、なにかつらいとき、この世の家族に相談するよりも先に、まずこの教会家族に相談するとかね、そんな一致、支え合いを、実際にずっと続けていれば、ホントにこの教会の存在が、神の愛の目に見えるしるしになるでしょう。
病気っていえば、クリスマスの説教で、自分の大腸の話なんかして、すみませんでした。おめでたい日に、「ポリープが見つかっちゃって、ちょこっと不安です」みたいな説教をしちゃいましたけど、その後の検査の結果は良性でしたので、どうぞご心配なく・・・って、誰も心配してませんか?(笑)
私、実は結構「気にしい」なんですよ。エラそうなこと言ってるけど、心の中はいつもドキドキで。クリスマスのミサの説教の時は、「大腸の内視鏡、あれ、おもしろかったですよ〜」なんてケロッとした顔して言ってましたけど、ホントはね、初めてでしたし、ちょっとドキドキしてて、「おもしろい」と言うにはかなり緊張してました。なんか、すごく悪いものが見つかるんじゃないかって。で、ポリープなんか見つかって、なんだか不安になって、「お祈りしてください」なんて口走ったりして。でも、聖家族はいいんです、それで。救い主は、弱い人たちの中にこそ宿るんだから。
皆さん、そんなに立派に強くならないでくださいね。痛いこと、つらいこと、寂しいこと、怖いこと、どんどん言い合いましょう。多少大げさに。(笑)で、お互い励まし合いましょう。実際に支え合いましょう。私なんか結構しょげる口で、つらいことをわりと何でも口にしちゃいますけど、それで安心するというか、家族が弱さでつながっているのがうれしいんで、そんな自分のことを、ぼくはいつも「しょんぼり君」って呼んでるんですよ。「ああ、ぼく、またしょんぼり君だ〜」とかって。
でも、それをいうなら誰だって「しょんぼり君」でしょう? 誰でもしょんぼりするんです。それを、「そんなことでしょんぼりするな」って言うのはおかしい。むしろ、ちっちゃ〜なことで、しょんぼり君になってしまう、そんな弱いお互いを受け入れ合って、助け合って、励まし合う。それが「聖家族」ってことじゃないですか。
教皇ベネディクト16世の、今年のクリスマスミサでのお説教を一般紙でも報道してましたけど、「今の世の中は、ずいぶん便利になり、テクノロジーは発達し、情報もたくさんあふれているけれども、だけどその分、みんな忙しくなりすぎて、活動が多すぎて、自分の利益のことばかり考えるようになって、結局人間のことばかりで、神さまのことが忘れられている」と、そういう説教をなさっておられました。(※参考)
「人間のことばかりになって、神さまのことを忘れかけている」
それは現代の世の中、まさにそうですねえ。確かに便利になった。情報も大量に飛び交っている。で、いろいろ便利になったかに見えて、その分忙しくなる。メールとかフェイスブックとか、いつでもどこでも誰とでもつながっているようでいて、その分どんどん忙しくなって、気にすることも多くなって、逆にちゃんとつながれなくなっていく。余計なことを何も考えず、のんびりと心を開き、この世のことを忘れて神さまの愛を感じるっていう、そんな時間がなくなっちゃうとしたら、これ、不便だけれども互いに祈り合い、神さまを思う時間がたくさんあった時の方が人間的だったんじゃないかと。教皇さまが、2012年の終わりにはっきりと、私たちに警鐘を鳴らしたということでしょう。
2013年、もう少しシンプルに生きるっていうのはどうでしょう。われわれ「聖家族」はですね、世の中におもねらずに、どんどん進んで、ひたすら発展していく方向から、いったん重く着込んだものを脱いで、もっとシンプルになっていくっていう方向に変えて、2013年はやっていけたらいいんじゃないですか。この世の力や富ではなく弱さや貧しさでこそつながり、この世の技術や情報ではなく神の愛にのみ信頼する、単純な家族として。
イエスさまがマリアさまに、「わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか」って言いますでしょ。これ、よく考えてみるとひどい話なんですよ。だって、12歳の子どもがいなくなって、両親が肝つぶして三日間捜したんですよ。あの時代はそれこそ不便ですし、情報も行き交いませんから、もうこれは一生会えないかもっていうくらいに心配したんじゃないですかねえ。ホントに不安だったと思う。必死だったと思う。で、三日間捜してようやく見つけたら、イエスが「わたしが父の家にいるのは当たり前だと知らなかったのですか。なぜ捜したのですか」って言ってるんですよ。これ、この世的には親を悲しませるひどい話だと思いますが、イエスの主張は明快です。「わたしは神のことを第一にしています」と。
まあ、この世の家族はもちろん大事ですし、お父さん、お母さんを心配させないっていうことも、もちろん大事です。大事だけれども、「わたしは天の父のみ心を第一にしている」と。神さまのことを第一にしている。「私は、いつでもどこでも父の家にいる。わたしを捜す必要はない。わたしと父はひとつなんだから」。このイエスの強烈な、「神が第一、人間は第二」っていう、その主張は12歳から始まって、十字架の上に至るまで一貫しておられました。
そのイエスを宿したわれわれ「聖家族」も、まず神のことを第一にする。これはすごくシンプルなことなんです。そして、その方が、とっても安心で、豊かで、一致できる。そう思ってください。2013年、どんなときも「神さまのことを第一に」って、そう思えば、今こうすべき、ああすべきっていうのが、分かってくると思う。
昨日の夜、多摩ブロックの忘年会っていうのをやりました。この多摩地区の教会八つが一緒になって、「多摩ブロック」として活動していたんですけど、特に青少年活動が盛んだったんですね。40年前くらいから30年前くらいまでがピークでした。今は「宣教協力体」という形になってますけど、私はその時代に中高生、青年時代を過ごして、そのまんま「多摩ブロック出身」みたいな感じで神学校に入ったんです。出身教会は小平教会ですけど、意識としては「出身教会は?」と聞かれたら「多摩ブロックです」というような思いです。
その仲間たちが毎年集まって忘年会をする。で、これは、まさに「聖家族」っていうような雰囲気が満ち満ちているんですよ。なぜなら、たとえば学校の同期会なんていうのも、まあ親しく懐かしく思い出話をするんでしょうけれど、多摩ブロックの仲間たちは、まだまだ若かったとはいえ、「神さま第一でやってこうよ」っていうことを青く語り合った青春時代を生きていた仲間たちだから、30年、40年振りだろうが、いうなれば「われわれは聖家族だよね」というアイデンティティーを確かに持ってるんです。ただの仲間じゃない、「教会」なんですね。まさに私の出身教会。
その多摩に私が今いるということもあり、みんなで集まったんですけども、思うに、今はあの頃みたいに毎日のように集まることはできないけれど、実は、いっそう家族になってるんじゃないか。当時はまだ若かったから夢を語り合っていたけれど、40年たつと現実を語り合うようになる。実際に今抱えている大きな問題、つらい問題、家族のこと、病気のことなどなどを、語り合い、聞き合い、祈り合う仲になっている。
それこそ私も今、とある親しい友人のことで、す〜ごく「しょんぼり君」なんですよ。何とか祈って、祈って、乗り越えようとしてますけど、だけどまあ相当「しょんぼり君」なんです。だけど、そのことを知っている仲間と昨日は話ができて、すごくやっぱり、安心しました。励まされたし、話せてよかった。そいつもその友人のことを心配していて、「やっぱり最後は、聖霊の働きを信じて祈るしかないよね」ってことになり、「そうだね、こうなったら信じるだけだね」とかって話し合って昨日は終わりましたけど、こういう話ができるのが聖なる家族でしょう。いつだって「しょんぼり君」の原因はこの世的な現実的なことでありながら、でも、「神のみ心に委ねて、聖霊の働きを願う、それが一番シンプルで、最終的にはそれしかない。そこを信じよう」って言える、そんな家族はホントにありがたい。みんなに会って、「ああ、これこそ教会家族だなあ・・・」って思えて、昨日はうれしかった。
その上、その仲間たちが、私の銀祝を祝ってサプライズの映像を用意してくれていて、私の子どもの頃から現在までの写真をいろいろかき集めてきたのに、キャプション加えて編集して流してくれて、ちょっと感動しちゃいましたし、それにも励まされました。
編集にずいぶん時間かかっただろうな、これ。中でも一番古い友人が中心になって作ってくれたんですけど、彼が私と最初に会った時のこととかが出てくるんです。ぼくが中学生の時、わが家が小平に引っ越して、晴佐久一家が小平教会に現れたんですけど、そのとき、その彼が僕に「どこから来たの?」って聞いたら、「うちの一家は宇宙から来たんだよ」(笑)って答えたっていうエピソードから始まって。「そんなこと言ったかな?」って思うけど、言いそうな気もしますけど。(笑)で、「実際にその晴佐久さんちにみんなで行ってみたら、まさに宇宙からきた一家みたいで、われわれの常識では考えられないような一家だった」って。まあ、ご存じのとおり、溜まり場というか、開放広場というか、誰かれ構わずみんなを迎えている家。それこそ聖家族っぽかった。その後のいろんな活動、神父になってからのライブハウスや、「スピリット・ソング・フェスティバル」や「ジャパン・ユース・デー」、今までやってきた活動のことが全部含まれていて、結局、それをず〜っと支えてくれたのも教会家族の仲間たちだったし、今もこうして励ましてくれてるっていうことで、「しょんぼり君」、昨日はだいぶ元気になれました。
でも、教会ってそういうものでしょう。もっとお互い、今までいろいろあったことを分かち合って、励まし合って、共に乗り越えてって、必要じゃないですか? 教会がそれをやってなかったら、世界のどこがやるか。
クリスマスのミサで、お母様が亡くなった方が今日来てますねって、そこに座ってた方のことを話しましたけど、その彼女からその後でクリスマスカードもらって、とってもいい言葉が書いてあったんですよ。
彼女、一緒に暮らしていたお母様を今年亡くしてね、ずっと生きてく元気もなかったんです。思い出すことばかりで。切なく苦しい。実際、去年のクリスマスは同じ席にお母さんとふたりで座ってたんです。今年はそこに、ひとりで座ってる。私の大変親しかったお母さまでもあり、それ見てもう、胸が苦しかったんですけど、その彼女からもらったクリスマスカードには、こう書いてあった。
「神さまが私を愛しているっていう証拠はたくさん見つかるのに、神さまが私を愛していないっていうしるしはひとつも見つかりません。なんとか生きてます」
みんな、つら〜い思いで生きてるけど、お互いイエスさまの宿っている聖家族。ホントに必死にギリギリの現場でがんばってますから、祈り合って、「この家族の存在自体が、ホントに神さまが私を愛してくれてるしるしだ」ってわかってください。
25日のクリスマス会は、まさに天国でしたよ。ホントに天国でした。
今年初めて「心の病で苦しんでいる人のためのクリスマス会」っていうのをやったんですよ。これはもう、聖霊が突然降って始めたものです。11月初めごろでしたか、テレビドラマでクリスマスパーティーの場面を見てて、急に思いついたんです。
そのとき、「ああ、今年もクリスマス近いな。またいろいろクリスマス会をやらなくっちゃな。あの仲間ともやりたいな。このチームでもクリスマス会だな)なんて思ってて、ふと急にむなしくなっちゃったんですよ。「長年クリスマス会をやり続けてきたけど、またおんなじようなクリスマス会やるのか。もういいよ、これ以上楽しまなくても・・・」って。そしてふっと思った。「やるべきクリスマス会があるじゃないか。『クリスマス会なんて、経験したことがない』『心がつらくって、元気な集まりに出ていけない』『自分なんかはそんな幸せなクリスマス会にふさわしくない』、そんな、一番つらい人のためのクリスマス会をやろう!」・・・これはもうホントに聖霊の声で、そもそも教会としては当たり前のことで、今までもそんなことを思ったことがないわけではないんだけど、どうしても今年は「やるべきだ!」と。
一番つらいっていうんだったら、心の病だろう。だって、少しでも心に元気があったら、どんなにひどい状況でも何とか生きていけるけど、心が閉ざされて、恐れに満ちて、自分なんかはもう生きていても意味がないって思っていたら、クリスマス会どころじゃないんですよ。「あんな元気な人たちの集まりに、私、とても出ていけない」っていう声を実際に聞いたことがあるんで、だったらもうはっきりと、「心を病んでいる人のためのクリスマス会」っていうのをやります、なんとか出てきてくださいと。
そんな思いを語ったら、教会の仲間たちが、「私、協力します」「当日手伝います」って集まってくれたし、まだ足りないと思って、ミサの後たまたまそこにいた人に「ねえねえ、手伝って、お願い」って言うと、みんな「はい、はい♪」って手伝ってくれて。で、実行委員会を作ったし、準備会も丁寧にやりました。
まずはお迎えってことで、教会の前まで来て帰っちゃう人いるかもしれないから、お迎え係が外で待ってよう、と。来た人に、お世話係がすぐお茶とお菓子を出し、小さなグループにして、互いに安心して親しく話せるような雰囲気をつくりだそう、と。それから聖堂に集まって、神父がお祈りして、「あなたたちのためにイエスさまがお生まれになった」って福音を語り、合唱のグループが練習した歌を歌い、若いバンドのメンバーにも歌ってもらおう。バンドの彼らに「『苦しんでるあなたたちのために用意した歌です』っていう、新曲を作れ!」って言ったら、ちゃんと作ってくれましたよ。いい曲でした。そして、ホールでごちそう作ってお迎えしよう、と。そう計画して、ひとりでも来てくれたらって。
でも当日は、大勢来てくれました。スタッフ含めて50人以上いましたかね。口コミなのにね。ホームページにも載せましたから。長野から来たっていう人もいましたよ。「そういう集まりなら行けると思った」って。そうして何とか出てきたかたがたが、教会の前でしょんぼり立っているのを、パッとね、スタッフが出ていって、「どうぞ、どうぞ」ってお迎えして、テーブルまで連れていく姿は本当に美しかった。
23日の祈りと聖劇の集いのパーティーの時は、チキンを焼きましたでしょ。だから、25日は七面鳥を焼いたんですよ。25日に集まってくる人は特に大切な人たちですから。神を第一にするって言うんだったら、まさに「第一はこっちだ!」っていう意味で。もちろん23日も大事ですよ。でも、まず一番神様が大事にしているのは、苦しんでいるわが子であり、その子にご自分の愛、親心を現すことですから。それを、第一にやりましょうっていうのが、25日の集まりで、実際、天国みたいな集まりになりました。
出会った同士で、お互い病名を言い合ったりはしないんだけれども、隣り合った人と気持ちは通い合うんですよ。同じ苦しみを背負ってるわけですから。いろいろお互い大変だねっていう気持ちでおしゃべりして、「会えてよかった」って言い合って、「ホントに天国みたいでした」って言ってくれた人が、何人もいましたよ。で、中には、「もう私、帰りたくない」って泣き出す人がいた。気持ちはわかる。「ここに来て、ホントに重荷を下ろすことができました」、そう言った人もいた。・・・これぞ「聖家族」ですよ。「来年もやってくれますか?」とも言われた。「もちろんやります」って答えました。
イエスさまが宿っている聖家族。・・・2013年のうちにイエスさまが宿りますように。今、イエスさまを知らない人の心に、イエスさまが宿りますように。
【 参照 】
(※参考)教皇ベネディクト十六世の降誕祭ミサ説教 (カトリック中央協議会 司教協議会秘書室研究企画訳 2012.12.26) → ・・・< 文中へ戻る >
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