2014年10月12日年間第28主日
・第1朗読:イザヤの預言(イザヤ25・6-10a)
・第2朗読:使徒パウロのフィリピの教会への手紙(フィリピ4・12-14、19-20)
・福音朗読:マタイによる福音(マタイ22・1-14)
今日は何といっても、「マララさん、おめでとうございます!」と、心から申し上げたい(※1)。
恐れに打ち勝って、信じるところをきちっと語ることって、私自身がなかなかそうできないので、やっぱり、憧れます。私のヒロインです。私なんかはもう、臆病ですから、いつも相手の顔色うかがいながら、ついつい、「まあ、こんなところにしておくか」みたいなことしか言わないでいる。何でも好き勝手にしゃべっているようでいて、結構気を使っているんですよ、これ。(笑) 「これ以上言うと、ちょっとまずいな」とか、「この説教、司教様に叱られないかな」とか。(笑)
マララさん、カッコいいね。去年の国連演説、YouTube(ユーチューブ)でも見られますよ(※2)。暴力に屈しない。逆に、「私はむしろ強くなった」って言う。撃たれて一時は重体だったんですよ。そこから奇跡的に回復して、演説ではこう言ったんです。
「撃たれて、私の中の弱さや恐怖、絶望が死んだ」と。
「むしろ、力と強さ、勇気が生まれた」と。
・・・こういう言葉に、やっぱり、われわれ、励まされます。さらには、こうも言った。
「私は、自分を撃った人を恨んでいない。むしろ、すべてのテロリスト、タリバンの息子さんや娘さん達にも教育を与えたい」と。そして、「このような慈悲、慈愛の心を、私は預言者ムハンマドと、キリストと、ブッタから学んだ」と、そう言ってるんです。
こういう普遍主義の演説、美しいですね。彼女にとってはもう人々を分け隔て、自分を閉じ込めるような「壁」がなくなったんですね。・・・暴力に屈しない。人間を分断する原理主義、口を閉ざさせようとする力に、負けない。むしろその壁を打ち壊していく。
今回のノーベル平和賞の受賞後のコメントでも、そのような壁を打ち破ることの大切さを語っていました。「肌の色、言語、宗教は問題じゃない。互いに人間として尊重し、尊敬し合うべき」だと。
もう一人の受賞者、インドのサトヤルティさん(※3)は、ヒンズー教徒で、マララさんはパキスタンでイスラム教徒。ご存じのとおり、パキスタンとインドは紛争に明け暮れて、殺し合ってる。
だから、この共同受賞は両国がもっと仲良くするためだと言って、「私はパキスタンのシャリフ首相に12月のノーベル賞授賞式に来てくださいと頼みますから、サトヤルティさんはインドのモディ首相に授賞式に来てくださいって頼んでください」って言ってました。
いいですね、争い合う両国の首相が平和賞の授賞式に出るなんて、実現したら本当にシンボリックですね。壁を越える、真の平和のシンボル。
こういうことを、大人たちっていうか固定観念にとらわれてる人たちは、模範にしたらいいんです。誰もが「こうでしかない」「もう無理だろう」と思い込んでる「壁」を軽やかに超えていく普遍主義の模範にね、ぼくらはやっぱり、すごく励まされます。
「肌の色とか、宗教とかではなく、人類のことを考えましょう」という「壁」のなさ。
これこそは、われわれキリスト者の理想でもあるし、まさに、すべての壁を打ち破ったイエス・キリストの壁のない平和そのものです。
・・・憧れますね。
ちょうど昨日の毎日新聞の国際面ですけど、左にマララさんのことが書いてあって、右には教皇フランシスコの顔が、でかでかと載ってました。
並んでたのはたまたまなんですけど、マララさんと同じく、教皇さまも教育への熱い思いを持っておられるんですね。彼の始めた一つの活動について、大きく紹介してありました。これは言うなれば、学校版フェイスブックとでも言うべきもので、それを実際に開始したっていうような記事です。「若者たちをちゃんと教育しなければ、平和なんて無理だ」と、そういうビジョンで始めた、と。
教育と言っても、単なる理念としての平和教育っていうんじゃなく、実際に、別の国、別の宗教、別の言語、そういう人たちと出会い、つながる教育です。そのような体験こそが、最も効果的な平和教育だろうと。そのためには、まさにインターネットなんかは最高のツールですよね。
彼はもともと、それをアルゼンチンでやってたんですね。それを今度、世界規模で進めたいということで、この秋から運用開始したそうです。
でも、もうすでに35万校が参加してるんですって。・・・やっぱ、教皇の力ってすごいですねえ、35万校!ですよ。これを50万校までにしたいそうですけど、まさにマララさんのように、弱者のため、平和のために働く若者たちみんながつながって声を上げていったら、大きな力になるでしょうねえ。教皇自らがこういうことをすると、みんな励まされますよ。
現在、小学校に行けない子どもたちが5千万人以上いるんですよ、世界中に。そんな子どもたちのためにも、ぼくらは諦め気分になっちゃいけないんですね、きっと。
「どうせこれは解決できないだろう」とか、「もう無理でしょう」とか、そう言っちゃいけないんですよ。やることをやって、それでもどうしようもなかったら、あとは神さまにお任せだけど、何にもしないでね、「これは無理でしょう」なんて言ってるのは、それはキリスト者としてどうなんだろう・・・ってことです。
その記事の中ですけど、教皇さまがこう言ってました。これは名言だと思います。
「壁は人々を分かち、橋は人々をつなぐ」
キリスト者は「橋」であるべきですね。橋を架けるべきですね。
イエスは「道」って、自分のこと、言いましたでしょ(cf.ヨハネ14:6)(※4)。 まあ、「橋」でもいい、「門」でも「扉」でもいい。ともかく神と人をつなぐもの、人と人を結ぶもの。それは、何教とか何宗の話じゃない。人々を隔てる「壁」の力に対抗して、人々をつなぐ「橋」を架ける。それがキリストであり、キリスト者の使命ですね。
大げさな話じゃなく、身近な話でいいです。この人とこの人がつながってなかったら、つながるように工夫するってこと。自分とあの人がつながっていないなら、もう一回つないでみようと思うこと。ともかく、「この壁を壊すことはもう無理だ」って絶対に言わない。言った時、もうそこに壁ができるんでしょう。私たちの心が、壁を立ててるんだから。空から降ってきたわけじゃないんです、壁は。ぼくらがつくったんですよね。
「壁は分かち、橋はつなぐ」
私たちがつくった壁ならば、私たちで取り除くことができる。
今日の福音(※5)で、イエスさまが、おもしろいたとえを語っておられますけれども、もうすでに、神の国はあるんです。用意はできてるんです。・・・王子の婚宴ね。
王子の婚宴なんて、この世で最高の婚宴。それに招待されたら、どんなにうれしいだろうって思うかもしれないけど、神の国の
だけど、ここのたとえでは、
「いや、ちょっと畑に行かなきゃなんないんで」
「商売がありますから」(cf.マタイ22:5)
・・・分からないではない。畑、大事です。商売で、もう少し
自分で壁をつくっちゃってるんですね、自分を閉じ込める壁を。
その壁によって、われわれは、神の国を見ることができないでいる。あるいは、神の国を求めている人たちに、それを見せることができないでいる。これは取り除きましょうよ。
イエスさまのたとえでは、最後に、王さまが家来たちに、
「見かけた者はだれでも連れて来い」って言ってますね。(cf.マタイ22:9)
で、家来たちは、見かけた人を、みんな連れて来る。この、「みんな連れて来る」ってときの言い方が興味深いですね、なぜか、「善人も悪人も」って言うんです。(マタイ22:10)
・・・壁がない。
「こいつは善人だから、あいつは悪人だから」、そういうのがない。そして婚宴は、客でいっぱいになる。この普遍主義こそが、まあ、イエスさまが一番言いたいことでしょう。
われわれも、相当悪人ですけれども、招かれてるんです。うれしいじゃないですか。
「は〜い!」と言って、その招待に応えればいいのに、何が壁になってるんでしょうねえ。
パウロは、「私を強めてくださる方のお陰で、私にはすべてが可能です」って言ってます(フィリピ4:13)(※6)。
「満腹でも、空腹でも、物が有り余っていても不足していても」、もうどっちでもいい。いついかなる場合でも、この世で畑があろうが、なかろうが、商売がうまくいこうが、いくまいが、
「いついかなる場合にも対処する秘訣を、わたしは授かっている。それは私を強めてくださる方のお陰で、すべてが可能だ」。(cf.フィリピ4:12-13)
ミサに
台風が近づいてますけども、水曜、木曜と、私、沖縄に行ってて、台風から逃げるように帰ってきたところです。
水曜日は、
普天間基地の北側にキャンプ
沖縄の苦しみの、一つのシンボルでもある出来事です。伊佐浜、昔の写真を見ると、棚田のように美しい田んぼが
でも、基地の隣接地ってことで、どうしてもそこが欲しかったんですね、米軍は。で、強制接収。
もちろん、みんな、反対運動をしました。「座りこみ」っていうやつです。でも、3月11日、米兵は銃剣で脅し、ブルドーザーで全員排除。この「銃剣とブルドーザー」っていうのが、人権をまったく無視した権力の暴力を表すシンボリックな言葉として、今も沖縄に残っております。
一晩で、家を全部ブルドーザーでぶち壊して、整地しちゃったんです。で、銃剣で脅して、全員、強制移住。その時の写真が残っててね、座り込みをしているおばあちゃんを、無理やり排除しようとしている。そのおばあちゃんの悲しそうな目が、すべてを物語ってました。
反対闘争の写真を見てたら、手書きののぼりが立っていて、「金は一年、土地は万年」って書いてあった。そうですよね。カネの問題じゃないんです。「土地の取り上げは死刑の宣告」っていうのぼりもあった。で、結局、死刑を宣告される。
沖縄っていうのは、そういう所です。
普天間基地の南側に
10年前にヘリが堕ちた、沖縄国際大学が基地のすぐ隣りに見えてね、手前には小学校もあって、もうフツーの住宅地の真ん中に基地があるんです。軍用機が出入りしていて、特に、あの名にし負うオスプレイが次々と発着してる。
感心したのは、そこで基地を見張って調査している人たちがいるんですね。毎日調べてるんですよ、でっかい双眼鏡で。私にも、「見ろ、見ろ」と言って見せてくれましたけど。
オスプレイが何時何分に出ていって、何時何分に帰ってきたかを記録してるんですけど、どこに行ったかまで分かるんですね。別の基地で見張ってる人と電話で連絡し合ってるんです。「今、出ました」とかって。
その人が、「何分前に伊江島を出たって言ってるから、もうあと何分で帰ってきますよ」とか教えてくれるんですけど、ホントかなって見てると、ちゃんとその時間通りにオスプレイが、ダバダバダバダバって現れるんです。これが、まあ、うるさい、イヤ〜な音なんですよ、重低音の。
2011年に、無人島でUFO見たっていう話したの、覚えてる方いるかもしれない。夜、みんなで浜に寝転がって星空眺めてたら、見たこともない飛行物体が超低空で現れて、50メートルくらいの頭上をゆっくり飛んで行ったんです。両側に飛行機の羽とは違う変なものがついていて、プロペラは見えなくて、かと言ってヘリコプターでもない。ゆっくり飛ぶ飛行機なんてあり得ないでしょ。おっこっちゃうじゃないですか、スピードがないと。みんなUFOだと思ったんですよ。下側に、いくつもライトをピカピカ光らせて、地上を照らして。そして、ともかく変な音だった。ブンブンブンブンっていうね、うなるような重低音の、いや〜な音。
これ、その後、目撃した仲間の一人が意地で調べて、「あれは、アメリカが開発した、飛行機とヘリコプターくっつけたオスプレイだ」って言う。そのころはまだ、そんな名前聞いたこともないし、ホントかなって思ってたけど、今回、頭上を行き交うオスプレイの重低音聞いて、まざまざと思い出して叫んじゃいました。「あっ! これだ、この音だ!」って。大変残念ながら、UFOじゃないですね、あれ。(笑)
でも、あの時点で、もう日本国内でオスプレイが飛んでたっていう事実の目撃者です、私。正式の配備は翌12年で、本当はまだ持ち込んでないことになってた頃ですけど、内緒で調査飛行でもしてたんでしょう。深夜の無人島だから、誰もいないと思ったんでしょうね。向こうもびっくりしたんじゃないかな。間違いありません。2011年の8月23日22時です。今後、私がある日急に消えたら、某国のせいだと思ってください。(笑)
忘れられない、イヤな音。あんな音の下で毎日暮らしてるなんて。遠く、
基地、鉄条網、決して乗り越えられないフェンス・・・、沖縄、いたる所です。
木曜日には
そのもうちょっと北の、オスプレイのヘリポート建設予定地では、シスターも座り込みしてるんですよ、毎週土曜日ですけどね。
辺野古の座り込み、もう10年以上やってるんです。えらいでしょう? もちろん、政治や軍事の話にはいろんな意見があるのは分かります。でも、片方に銃剣を持った強大な権力があり、片方に座り込むしかない苦しんでいる人たちがいたら、まあ、キリスト者は、まずはその苦しんでいる方に出向くわけですね。銃剣のほうもそれなりにお世話はしますけど、ともかくまず苦しんでる方。これは理屈じゃなく、もうイエスという人の本質に属することで、どうしようもないことです。
まあ、とりあえずカンパでも置いてこようと、行ってみたらですね、辺野古のキャンプ・シュワブっていう米軍施設の正面ゲートのすぐ隣でテント並べて座り込みしてましたけど、その周りにはものすごい数の警備員がダーーーッと並んでいて、道の両側にず〜っとコーンが置かれていて、駐停車禁止って看板が並んでる。日本の警察、公安の車も見張ってて、ともかく車止めるとこがないんですよ。座り込んでる人に簡単には近寄れないようになってるんですよね。
これは車停めて寄れないなと思って、港の方にも座り込みしてる人たちがいるって聞いてたから、そっちにも行ったけど、台風が近いから、もういなかったんですよ。このままじゃカンパも渡せないし、しょうがないので、もう1回キャンプ・シュワブのゲート前に戻って、私、突撃したんです。こういう時、宗教家ってのは図々しくていいですね。
正面ゲートの前に、車寄せのようなスペースがあるでしょ。そこに警備員がズラリと手を後ろに組んで並んでいるんですけどね、そこに車を入れるしかない。そのとき、いつかバリバリの営業マンから聞いた極意を思い出したんです。「どこかに入って行くときは、何でもいいから謝りながら入って行け」。(笑)それで、車から顔を出してですね、「すいませ〜ん! ごめんなさ〜い!! すいませ〜ん! ごめんなさ〜い!!」って大声で謝り続けたら、みんな、だんだんじりじりと後ろに下がっていって、(笑)車、止めることができたんですよ。
座り込んでる人たちも、喜んでくれてね、私もさっさと車降りてごあいさつしました。・・・降りちゃえばね、もう車動かせませんから。
一人の方が、「下の港の座り込みは、今日は台風だから、港の奥の広場に移ってる」って教えてくれて、わざわざ一緒に車に乗って案内までしてくれました。おかげで、そこでもいろんな方たちと出会って、いろんな話を聞きました。
浜から辺野古の海見たら、まあ、キレイだね! ホントに美しい。無人島がいくつも散らばってて夢のような光景です。私、何十年もシュノーケリングをやって、無人島キャンプ続けてる身ですから、その無人島を見て、ああ、ここで泳ぎたいな〜と思いましたよ。青サンゴの群生があるそうだし、なにより、ジュゴンがいるんです、そこ。
ぼくにとっては、シュノーケリングしてる時にジュゴンに出合うなんていうのは、夢のまた夢ですから、ああ、ここで泳げたらなって思いましたけど、今はブイとフロートで囲ってあって入れない。まさに工事が始まろうとしているところです。
「台風、大変ですね。座り込み、気をつけてくださいね」って言ったら、
「いや〜、もう、台風がありがたい」って言うんですよ。
「台風のおかげで、工事できないですから。ず〜っと来てくれるといいのに」って。(笑)
ああ、そういう感覚なんだ、そりゃそうだよねって、目が開かれる思いにもなりました。理不尽な工事がどんどん進んでいくやるせなさ。
だって、辺野古の海を埋め立てて、V字の滑走路が建設されようとしてるだけでなく、軍港まで造ろうとしているんです。これも教えてもらいました。つまり、どさくさなんですね。だって、普天間に軍港なんかないでしょ、街中の基地なんだから。普天間からの移設だって言ってんのに、辺野古には軍港まで造ろうとしている。そんな変な話ないだろうって教わって、なるほど、それもそうだ。
われわれにとって、壁とは何か。
鉄条網のフェンスの前で10年座り込んでる人たちがいる。その壁は人間が作ったものです。もちろん、移設賛成、反対、ご意見いろいろあることは、私も知ってます。朝日、毎日は反対で、読売、産経が賛成だというのも、私、知ってます。
しかし、キリスト者にとっての模範はイエス・キリスト。イエスならどうしたか。
政治に口を出すと、いろいろ言われるので、説教では政治ネタは敬して遠ざけてきましたけど、今日はマララさんにちょっと、勇気をもらって、ひと言申し上げましょう。しかしまあ、どっちが正しいかってのも品のない話なんで、ここでは、ジュゴンを代表して、(笑)言わせてもらう。
神さまがお創りになった世界に壁を造って、フェンスを造っているのは人間。
壁か橋か、どっちかに立てというんであれば、私は橋の側に立つ。
【 参照 】(ニュース記事へのリンクは、リンク切れになることがありますので、ご了承ください)
※1「マララさん、おめでとうございます!」
パキスタンのマララ・ユスフザイ(Malala Yousafzai)さん(17)は、2014年10月10日、ノーベル平和賞を受賞した。
ノルウェー・ノーベル賞委員会は、もう一人の受賞者、インドのカイラシュ・サトヤルティ(Kailash Satyarthi)さん(60)と共に、「子どもや若者の抑圧に立ち向かい、すべての子どもが教育を受ける権威を訴えた」ことを評価。
17歳での受賞は、最年少となった。
2012年、パキスタンで、女性が教育を受ける権利を訴えたマララさんは、イスラム過激派に頭部を銃撃されたが一命をとりとめた。現在は、頭部治療のために渡英し、バーミンガムに住んでいる。
(参考)
・ 「14年ノーベル平和賞はマララさんら2人。知らせは学校で」(msnニュース/AFPBB News)
・ 「ノーベル平和賞、マララ・ユスフザイさんとカイラシュ・サティヤティさんに」(CNN)
・ 「マララさんのノーベル平和賞で期待される変革」(THE WALL STREET JOURNAL)
・ 「マララ・ユサフザイ」(ウィキペディア)<ユースフザイ、ユスフザイとも表記される> 他
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※2:「国連におけるマララさんのスピーチ」
マララ・ユスフザイさんは、2013年7月12日、国連本部で初めて演説を行った。
2007年12月に暗殺された元パキスタン首相、ブット氏のショールを着ての演説だった。
約17分間の演説は格調高く、信念と説得力に満ち、聴衆は総立ちで、拍手を送ってやまなかった。
・ 「[CC] 国連におけるマララさんのスピーチ」(YouTube)
スピーチの全文(翻訳)は、>>> こちら で読むことができる。(THE HUFFINGTON POST)
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※3:「サトヤルティさんっていう人と、共同受賞ですよね。」
カイラシュ・サトヤルティ(Kailash Satyarthi)さん(60)
インドの非政府組織(NGO)、「グローバルマーチ」の代表。
労働や搾取で苦しむ子どもたちの救済活動を続けてきた。
幼い頃、通学する学校の前で、靴磨きの父子に出会ったのが、児童の人権問題に取り組むきっかけとなった。
大学院では電気工学を専攻し、大学講師を務めていたが1980年に社会活動家に転身。インドだけではなく、世界レベルで、児童の権利擁護の指導的な立場にある。
今回の受賞で、共同通信のインタビューに対し、「非暴力を貫いてインドに独立をもたらしたマハトマ・ガンジーの教えが、私の血や心、魂に宿っている」と語っている。
(参考)
・ 「ノーベル平和賞・サトヤルティさん 子ども8万人救う」(東京新聞 TOKYO Web)
・ 「心にガンジーの教え」平和賞のサトヤルティさん単独会見(47NEWS トピックス)
・ 「マララさんへ『一緒に活動を』 サトヤルティさん、子供の苦境認識に感謝」(産経ニュース)など
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※4:「イエスは「道」って、自分のこと、言いましたでしょ」
⇒「イエスは言われた。『わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない 』」(ヨハネ14章6節)
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※5:「今日の福音」
本日(2014年10月12日〈年間第28主日〉)の福音朗読箇所
「マタイによる福音書」22章1〜14節
〈小見出し:「婚宴のたとえ」〉(小見出しは、新共同訳聖書による)
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※6:「パウロは、・・・そう言ってます」
本日(2014年10月12日〈年間第28主日〉)の第2朗読箇所
「使徒パウロのフィリピの教会への手紙」
4章12〜14節、19節〜20節。
〈小見出し:「贈り物への感謝」〉(小見出しは、新共同訳聖書による)
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※7:「
(参考)
・ ホームページ: 「宜野湾市立博物館」
・ 分野: 沖縄県宜野湾市を中心とする沖縄の考古、歴史、民族、自然
・ 住所: 〒901-2224 沖縄県宜野湾市真志喜1-25-1
・ 地図: (Yahoo!Map掲載 カーソル操作で、拡大縮小、前後左右自在)
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※8:「沖縄米軍基地の現状と課題」
(参考)
・ 「沖縄の米軍基地の現状と課題」(沖縄県知事公室基地対策課作成)<pdfファイル>
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※9:「キャンプ
キャンプ瑞慶覧(キャンプ・フォスター)は、沖縄本島中部の沖縄市、宜野湾市、
在沖米海兵隊基地司令部、在日米軍沖縄地域事務所が置かれるなど、米軍海兵隊の中枢機能を有する。また、兵器・器材整備施設や住宅地、教会、小中学校、娯楽施設など、米軍が駐留する上でのあらゆる機能が揃っている。
(参考)
・ 「キャンプ瑞慶覧」(ウィキペディア)
・ 「キャンプ・フォスター」(在日米海兵隊公式サイト)
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※10:トーチカ
トーチカ(ロシア語: долговременная огневая точка、英語: pillbox、日本語:特火点)
軍事用語。
鉄筋コンクリート製の防御陣地。機関銃座、小口径の砲座などとなる。通常5〜6人の兵士がたてこもる。
単独ではなく、計算された配置で、いくつかのトーチカが連携して造られることが多い。
(参考)
・ 「トーチカ」(ウィキペディア)
・ 「トーチカ」(ピクシブ百科事典) 他
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