純粋な願い

【カトリック浅草教会】

2016年7月24日 年間第17主日
・ 創世記:(創世記18・20-32)
・ 第2朗読:使徒パウロのコロサイの教会への手紙(コロサイ2・12-14)
・ 福音朗読:ルカによる福音(ルカ11・1-13)

【晴佐久神父様 説教】

 蒸し暑い日が続きますが、体調はいかがでしょうか。皆さん、だいじょうぶですか? これからますます暑くなりますよ。
 昨日、私は元気をつけようと、うなぎを食べました。(笑) まあ、「元気をつけよう」っていうか、親しい友人に御馳走(ごちそう)しようと思って。・・・でも、高いですね。(笑) うなぎ、非常に高くなりました。先日、「神父さまには、清貧であってほしい」って言った方がおられましたけれども、年に一度か二度ですから、おゆるしあれ。(笑) その友人が、うなぎが大好きだって言うんで、喜ばせたかったんです。でも、とってもおいしくて、喜んでくれましたよ。
 ふっと思い出したことがあって、その友人にも話したんですけど。
 以前、土用の丑の日にスーパーのお総菜売り場に行ったら、うな重が並んでるわけですね。で、「おいしそうだな~」って、じ~っと見て、手に取って、「でも高いなあ・・・」と思って、下に置いて、「でもやっぱり食べたいなあ」と思って、「でもやっぱり高いよなあ・・・」と思って、(笑) ず~っとこう迷った末に、結局かごに入れずに、レジに向かったんですね。
 するとね、お総菜売り場って、ガラス戸の向こうに調理室みたいなとこがあるじゃないですか。そこに、その時の教会の信者さんが、たまたまパートで働いてたんです。で、「あっ、神父さんだ!」と思って私のこと見てたんですって。(笑) そしたら、目の前のうな重をじ~っと見つめて、迷って迷って、・・・手に取って、でも、また置いて、結局買わずに行っちゃった。で、よほどかわいそうと思ったんでしょう、彼女はそのうな重を自分で買って、レジに並んでる私のところに来て、「神父さま、どうぞ召し上がってください」って、渡してくれた。いやもう、「ありがたい」というか、「申し訳ない」というか、「ってことは、あの時の迷ってる顔を見られてたのか!」と、(笑) すっごく恥ずかしかったっていう、そんな記憶がよみがえって。
 ・・・いや、それだけの話で、別に、「求めなさい。そうすれば、与えられる」 (ルカ11:9) っていう、(笑) 話をしようとしてるんじゃないです(※1)。(笑)
 だれかを喜ばせたいっていう思いって、純粋で、いいなあって。

 一緒にうなぎを食べた後、「一緒に映画を観よう」って話になった。DVDでね。『ブラザー・サン シスター・ムーン(※2)』っていう映画、ご存じですか? 古~い映画ですね。ご覧になった方もいるでしょう。聖フランシスコ(※3)の映画です。ドノヴァン(※4)の名曲が流れる映画ですけど。
 その友人は、これを見たことがない。でも、人から強く(すす)められて、どうしても見たいって言う。これは私にとってもね、若いころ観た、自分にとっては宝物のような、自分の召命(しょうめい)(※5)にも関わった、非常に大切な映画なんですね。それで、「じゃあ、一緒に観よう」っていうことになった。そんなわけで、昨日は、うなぎを食べ、ワインを飲みつつ、友人と一緒に宝物のような映画を観るという、まあ、幸せな一日だったわけです。

 さて、その『ブラザー・サン シスター・ムーン』を観ていて、はたと思ったことがある。
 私、最初に観たのは40年以上前ですね。神学校に入る前です。私の召命に、大きな影響を与えました。一番の影響は、「純粋さ」です。
 私は自分で、よく理解しています。「私ほど不純な人間はいない」と。私は不純です。もう、堂々たるもんです。逃げも隠れもしない。不純な人間です。・・・まあ、もっとも、皆さんも似たり寄ったりだとは思いますけど。
 しかし、あの映画の中には、神さまによって召し出されて、ホントに人を喜ばせようとする、純粋な生き方にチャレンジした、その恵みを与えられた聖人のね、・・・なんていうんでしょう、まさに清らかな姿が描かれていて、私はもうそれに、純粋に憧れました。
 当時、・・・もう40年前の私も、自分を「不純だ」と思ってましたから、「こんな不純な自分が、純粋さに憧れていいもんだろうか」くらいに思ってたのが、あの映画のおかげで、「自分の中にも純粋さはあるかもしれない。純粋に、何かを求めよう。純粋さを求めよう」と、そんな思いが自分の中に沸き起こった。まあ、若気の至りですよ。「できるかもしれない」と思って、チャレンジしたわけです。「神学校に入り、神父になり、みんなを喜ばせる生き方をしたい・・・」という、その召命の原点に、あの純粋さへの憧れがあった。昨日、つくづくとそう思った。
 というのは、そのころは、・・・神学校に入る前にはね、ただフランシスコの純粋さに、私は憧れてただけ。しかし、あれから40年たってこの映画を観ると、あの映画のラストにですね、まあ、ちょっとネタバレになりますけど、フランシスコが教皇に会いに行くシーン(※6)があるんですね。自分の生き方を認めてもらおうと思って。当時、インノケンティウス3世でしたかね、教皇に会いに行く。
 で、まあ、映画ですから、どこまで史実かはともかくとしても、アレック・ギネス(※7)が、素晴らしい演技で演じている堂々たる教皇が、教皇座からフランシスコのもとに下りて来て、フランシスコの貧しさについて語り、「私は今の富んでいる自分を恥じる」みたいなことを言うんですが、そのとき、彼がこう言うんですね。
 「私も、聖職に就いたころは、あなたと同じ思いを持っていた」
 40年前は、そのセリフ、あんまり気にならなかったけど、さすがにね、神父になって、こうして、「『純粋』に憧れながらも、そうなれない弱い自分」みたいなものと何十年も向かい合ってくると、教皇のこの言葉が、実に心に響いた。「分かるよ・・・!」っていうか、向こうがそう言ってくれたというか。
 そこは、昨日観ていて、「40年前と違うな」というか、しかし、それでいてなおも、今もその純粋さに憧れている自分がいることが、なんだか、ちょっとうれしいような、感動がありました。
 「日暮れて(みち)遠し」 (史記68巻『伍子胥(ごししょ)列伝』)
 ・・・もうそろそろ、「司祭生活も、あとどれだけだろう」「キリスト者としてのチャレンジも、あとどれくらいだろう」と、そういう年齢のところまで来て、未だ「純粋さ」に憧れている。でも私、これは大切なことだと思う。「もう無理だ」って言わずにね、「こんなもんだ」とあきらめずにね、も~うちょっとだけ、若気の至りを続けて、「純粋であること」、そういうものを求めたい。

 イエスさまが、「祈りを教えてくれ」って弟子たちに言われたとき、いろいろ言ってますけども (cf.ルカ11:1~13) 、ひとことで言えば、
 「もう、あれこれ難しいこと言わずに、純粋に、『パパ!』『ママ!』って、素直に求めれば、それでいいんだ」
 と、そういうようなことを答えている。
 聖書の他の箇所に、「あなた方が求めても得られないのは、間違った動機で祈ってるからだ。願ってるからだ」っていうのがある (cf.ヤコブ4:1-3) (※8)
 「間違った動機」っていうのは、「何か不純さが入ってる」っていうことですね。あるいは、何か自分で思い込んでいて、本当の願いを願っていない。あるいは、自分で正しい願いを願っているつもりだけれども、実は、自分の中のとらわれ、恐れ、迷い、・・・なんか、そういうものの中で願っている。
 だから、願うときに、本当に心から何も疑わずに、ちょうど子どもが親に、「おなかすいた~!」って言うかのように願うとき、そこに、神と人との純粋なつながりが生まれて、そこに、何かが実る。イエスさまが教えてくださってる境地っていうのは、そこにあると思う。
 さっきアブラハムが、「もう10人、もう5人」みたいなことを言ってましたけれども(※9)、あのアブラハムの必死な気持ち、みんなを助けようと思う、それこそ純粋に人を救おうという気持ち、そして天の親である神さまに甘えるかのように、「お願いします! もうちょっと、もうちょっと」って言ってるのは、それは、神さまを信頼しているからです。純粋に祈ってる。そのつながりなんですよね。
 皆さん、そういう祈り、したことありますか? なんか、「こんな自分が祈っても、どうせ聞き入れられないだろうな」とか、どこかに恐れのある、とらわれのある祈りになっていたり、不純な条件付きだったりしませんか?
 ・・・ホントに心から、純粋に祈ったこと、ありますか?

 「神父になりたい」って思ったとき、純粋に祈ったことを思い出す。でも、「あれ以来、あんなに熱心に祈ったことあるかな?」って、ふと、昨日思わされました。神学校に入る前、本気で祈ってました。・・・「こんな自分が神学校に入れてもらえるだろうか」
 あのころの試験は、神学校に泊まり込みの試験だったんですね。だから、神学校で発表を聞く。で、入れてもらえるって分かったとき、私、もうその足で、大聖堂にね、走り込んで、ひざまずいて、「神父にしていただけたら、神さま、あなたの望みどおりに、何でもいたします!」みたいなね、お祈りをしたのを、よく覚えています。・・・純粋だった。
 また、神父になる前になると、神学校でいろいろなことがあって、なかなか成績も伸びず、評判も悪く、院長とは対立し、「もう無理かな・・・」っていうときに叙階が決まって、私は本当に純粋に祈った。「神父になったら、5年の命、10年の命でも構わない。精いっぱいやります!」と、「あなたの望みを、私の望みとして生きてまいります」と。
 まあ、その後、だんだん、いろいろなことがあってですね、この世のことにいっぱいとらわれて、あれほどに真剣に純粋に祈るっていうことが、なかなかありません。でも、そのときの純粋さは、自分の中に、まだ残っております。
 フランシスコの映画の中で、立派な聖堂の中に恵まれた人たちが集まっている真ん中で、フランシスコが、富んでいる教会の現実が苦しくなり、自分が着ている立派な服を脱ぎ捨てたくなって、「ノー!!」って叫ぶシーンがあります。その後フランシスコは、立派な聖堂を離れて、サン・ダミアーノの壊れかけた小さな教会を建て直す。で、そこに、今度、貧しい人たちや町の人たちが、みんな集まるようになって、立派な教会の方は閑散としちゃうっていう、そういうシーンがある。
 純粋さに憧れて、まあ、道半ばではありますけれども、もう一度、・・・もう一度、「一番純粋なものを大切にしよう」「神さまのみ前で、ホントに、心から祈ろう」「特に、神さまの助けを必要としている人たちのための、そういう教会をやっていこう」と、改めて心に思わされましたし、皆さんとも、そういう仲間としてやっていきたい。

 心の病で苦しんでいる人のためのキャンプの話を何度もしましたけれども、ちょっとうれしいことがありました。
 それはですね、なぜこんなことをしているか、無人島に30年通っているっていう話をちらっとしたと思いますけれども、なんでそんなことをしてるかっていうと、原点があるんですね。
 私、15歳のときに、親友と奄美大島に旅行した。これが最初の奄美旅行です。で、その親友は、初めての奄美旅行ですし、もちろん私もそうですし、二人でとても感動して東京に帰ってきた。で、ほどなく夢を見たんですね。私の生涯で最も鮮明な夢です。・・・忘れられない。「夢」というより、ホントに現実のような感じ。
 で、その夢っていうのが、南の海に、「ひょうたん島(※10)」みたいな、緑の丘と白い浜のね、きれいな島があって。・・・最初は地図なんです。でも、その地図をじ~っと見てると、本物が見えてきて、で、ふと気がつくと、その島に私が立ってる。・・・ホントに鮮明でした。で、その浜に立ってて、私は、「ここだったんだ!・・・ここだったんだ!!」って、大発見をする。何が「ここだった」のか、よく分からない。でも、「ここだったんだ」っていうことを、大発見する。そうすると、私の母の声が聞こえてくるんです。「あなたはここで生まれたのよ。みんな、そのこと知ってるわ」って言うんです。・・・何のことだか分からずに、自分は、でも、「ここだったんだ、ここだったんだ」って感動して、「ああ、そうか。私はここで生まれたのか。だから、ここにいていいんだ」みたいな安心感っていうか、もう、涙がボロボロ出てきて。で、そのとき、「そうだ! 一緒に奄美に旅行したあの親友に、この喜びを知らせなきゃ! あいつもここに連れて来なきゃ!」って、ホントに強く思ったんですよ。・・・で、はたと目が覚めたら、ホントに涙がこぼれてる。
 私はそのことを日記に詳しく書いて、地図まで描いて。・・・15歳のときの夢なんです。で、そのときに、「友人をここに連れて来なきゃ!」って強烈に思ったってこと、その友人には話したんですけど、夢の中の島ですから、連れて行けるわけないですよね。まあ、それはそれで。
 で、15年たってですね、神父になった年に、奄美大島にまた旅行していて、加計呂麻島(かけろまじま)の南側を船で行ったら、ふとポツンと無人島が見えた。その横を、船で通っていった。私、雷に打たれたみたいにビックリした。・・・夢で見た島なんです。「正夢」ってやつですよね。ホントに「ひょうたん島」みたいで、緑の丘があって、白い浜があって、写真見せてあげたいけど(※11)、ホントにきれいなね。
 私、もう、ビックリして、「あった! あの夢の島、ここにあった・・・! あいつを連れて行こうとした島があったじゃないか!」
 で、私は地元の人に聞いて、「なんとかそこに渡りたい」と言ったけれども、「あそこは渡れない所だ」とか言われ、「それでも!」と頼んで、1年間準備して探検隊をつくり、ついに翌年渡り、以降30年、渡り続けてるんですよ。
 肝心の彼はいろいろあって、まだ連れていけてないんですが、今では、「あいつを連れて来たいと強烈に思ったのは、あいつだけじゃなく、みんなをここに連れて来るっていう、・・・そういうことなのかな」って理解して、キャンプを続けてます。実際、あの浜で仲間たちとミサをしているときは、ホントに幸せ。で、しかもここ4年くらいは、そういう体験なんかとてもできそうにない、心の病で苦しんでいる若者たちを連れて行くっていうことをし始めて、なんとか去年、日帰りでしたけど、その島に、みんなを連れて行くことができたんです。・・・ベースキャンプに1週間いて、ほんの数時間でしたけど、連れて行くことができた。
 で、「うれしかった」というのは、45年前、一緒に奄美を旅行した、その親友、わが家に入り浸っていた親友、夢でその島に連れて行きたいと強烈に思ったその親友を、今年、ついにその島へ連れて行けることになったんです。
 というのは、その親友は、ずっと以前より、心の病を抱えるようになってるんですね。不安定なときもあり、大勢の人の中でつらくて、対人恐怖のような症状にも苦しんでいて。その彼が今年から、この心の病の集いを手伝いたいと言って、スタッフのサポートとして、顔を出すようになった。・・・どころか、このキャンプに行ってみたいと言ってくれた。
 キャンプの本番は大勢の人なので、自信がないけれど、少人数ならということで、本番前の数日間、前乗りということで来ることになりました。「45年ぶりに、また、はれれと一緒に奄美大島に行ける。それが、すごくうれしい」と、そう言ってくれて、先週の日曜日には浅草教会に来て、打ち合わせもしました。
 そのときに、今年は体制が整わなくて、キャンプ中にみんなを無人島へまでは連れて行けないけど、この前のりの数日間の間なら、無人島に一泊できることに気づいて、たぶん自信がないからって断るだろうなと思いながらも、思い切って誘ってみたら、行ってみたいって言ってくれたんです。
 その話が出たときに、「ああ、あの45年前の夢が実現するんだ」って気づいて、ちょっと胸打たれました。
 私、45年間、ず~っとそのこと忘れなかったし、地上の人間の思いを離れて、天上の神の思いに目覚めるキャンプとして、「みんなをあそこに連れて行くんだ」っていうことを、ホントに、それこそ求め、捜し、たたき続けてきた45年だったと思いますけど、今回、私の親友があの島に渡ってくれたら、あそこで、あの親友が喜んでくれたら、なにか、純粋に求め続けてきた自分の願いに、一つの、神さまからのご褒美というか、励ましというか、希望を与えてくれるような、そんな思いで、ワクワクしております。結局、自分が純粋に願い続けて来たのは、人を喜ばせたいという、それに尽きるような気がする。

 「自分の心の中に、純粋な願いを持つ」
 「誰かの喜びを願うならば、きっとかなうと信じ続ける」
 神さまとつながり続けて、神の国をちらりと見せていただけるような、そんな瞬間を祈ります。
 いずれ私たち、みんな神の国に参りますけれども、今、この試練の世の中にあっても、神の国の喜びを先取りできるように、本当の親である天の父に、まるで赤ちゃんのように純粋に、「パパ!」「ママ!」と祈ります。


【 参照 】(①ニュース記事へのリンクは、リンク切れになることがあります。②随所にご案内する小見出しは、新共同訳聖書からの引用です。③画像は基本的に、クリックすると拡大表示されます。)

※1:「『求めなさい。そうすれば、与えられる』(ルカ11:9)っていう、話をしようとしてるんじゃないです」
 「求めなさい。そうすれば、与えられる」は、この日、2016年7月24日(年間第17主日)の福音朗読箇所の中にあり、主題句となっている。
===(聖書該当箇所)===
 
「そこで、わたしは言っておく。求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。」(ルカ11:10-11/赤字引用者)
=====================
この日の福音朗読箇所は、
 ルカによる福音書11章1~13節。
  〈小見出し:「祈るときには」〉
************
 弟子のひとりが、イエスに「祈りを教えてほしい」と願ったことへのイエスの答え。この日の『聖書と典礼』の解説箇所には、以下のようにある。
 「イエスが弟子たちに、祈りについて教えたことばを集めた箇所。一貫して、神に対する絶対的な信頼が説かれる」(『聖書と典礼』5ページ下欄/年間第17主日C年.2016.7.24)
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※2:『ブラザー・サン シスター・ムーン』
◎『ブラザー・サン シスター・ムーン』
(英語:Brother Sun Sister Moon/伊語:Fratello sole, sorella luna)
 1972年3月のイタリアとイギリスの合作映画。日本公開は1973年6月。
 フランコ・ゼフィレッリ監督。上映時間、121分。
 12世紀イタリアの、アッシジの聖フランシスコの若き日を綴る映画。
 美しい自然や全編に流れる音楽も印象的で、抒情詩のように仕上がっている。
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※スライドショーになっています。画像にカーソルを合わせると矢印が表示されますので、ご利用ください。
画像右下の「
その他の写真」をクリックすると、元サイトにジャンプします。
(参考)
・ 『ブラザー・サン シスター・ムーン』(ウィキペディア)
・ 『ブラザー・サン シスター・ムーン』(YAHOO! JAPAN映画)
・ 『ブラザー・サン シスター・ムーン』 DVD (amazon)
・ 『ブラザー・サン シスター・ムーン』(字幕版・レンタルor購入)(YouTube)
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※3:「聖フランシスコ」
◎アシジの聖フランシスコ (伊:Francesco d’Assisi、1182年-1226年10月3日)
(カトリック教会では通常「フランシスコ」と呼ぶが、「フランチェスコ」と表記してあるものもある)
①              ②              ③              ④
   
各フランシスコの画像はクリックすると拡大しますが、順に、
① エル・グレコ「法悦の聖フランチェスコ(1577‐1580)ラサロ・ガルディアーノ美術館
② ホセ・デ・リベーラ「アッシジの聖フランチェスコの夢想」(1636-1638)プラド美術館
③ エル・グレコ「聖痕を受ける聖フランチェスコ」(1585-1590)ウォルターズ美術館
④ ジョヴァンニ・ベッリーニ「荒野の聖フランチェスコ」(1480-1485)フリック・コレクション
************
 「アシジ(アッシジ)のフランシスコ(フランチェスコ)」として有名な修道士で、カトリック教会で最も有名な聖人の一人でもある。
 イタリアのアシジで、裕福な商人の家に生まれ、大勢の仲間と奔放な青春時代を過ごしたが、従軍や重病を経る中で幻視を経験し、神へと心が向き始めた。アシジ近郊のサン・ダミアノ教会では、壁に描かれたキリスト磔刑像がフランシスコに対して「フランシスコよ。フランシスコよ。あなたにも分かるように、私の教会は崩れかけている。行ってこれを直しなさい」と三度繰り返して語りかけ、聖堂の再建を開始。父親は彼を勘当したが、フランシスコは物乞いの生活を送りながら、当時荒廃していたいくつかの教会の修繕に励んだ。

 1209年、「マタイによる福音書」 10章のキリストの話をもとに、フランシスコは清貧に生きることを決意。粗末な衣をまとい、はだしで何も持たず、人々に回心を説き始めると、同志も集まってきた。そこで「小さき兄弟会」をつくり、病者への奉仕をはじめ、貧しい中でも快活で歌声の絶えない巡回や説教などで、多くの人びとを感化した。

 この年、教皇インノケンティウス3世から許可を得て、「小さき兄弟会」、後の「フランシスコ会」を創立。その後、クララ会の発足など、発展していくが、1224年9月、フランシスコは聖痕(キリストが十字架に付けられたときに受けた五つの傷)を受け、その聖痕と眼病のために衰弱。最期は教えを口述しながら日々を送り、1226年10月3日、詩篇を歌いながら天に召された。

 心優しく、すべての造られたものに対する愛は、『太陽の賛歌』や、聖人伝『聖フランチェスコの小さな花』などでうかがい知ることができる。
************
(参考)
・ 「10月4日 聖フランシスコ(アシジ)修道者」(「聖人カレンダー365日」<ラウダーテ
・ 「創立者=アッシジの聖フランシスコ」(コンベンツアル聖フランシスコ修道会
・ 「アッシジのフランチェスコ」(ウィキペディア)
・ 「太陽の賛歌」(「祈りのひととき」<「ラウダーテ」)
・ 『聖フランチェスコの小さな花』田辺保 翻訳(amazon)
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※4:「ドノヴァン」
◎ドノヴァン・フィリップス・レイッチ (Donovan Philips Leitch、1946年5月10日-)
 スコットランドのミュージシャン。
 2012年にロックの殿堂入り、2014年にソングライターの殿堂(英語版)入りを果たした
 イギリスで、フォークからデビューしたが、ジャンルを広げ成功。人気アーティストとなった。
 現在もコンスタントに活動中。
 映画『ブラザー・サン シスター・ムーン』(1972)では、主題歌と挿入歌を書き下ろしている。
(参考)
・ 「ドノヴァン」(ウィキペディア)
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※5:「召命」 (詳細は>既出)
◎「召命」 (しょうめい)〔ラ〕vocatio 〔英〕vocation
 神から召されて特別の使命を与えられること。
 ここでは、カトリック教会で、狭義においての召命を意味し、神に呼ばれて司祭、助祭、修道者など教会の聖職者、修道士、修道女など修道者としての使命を与えられることを意味している。
(参考)
・ 「召命」(ウィキペディア) 
・ 「召命-種々の道」(カトリック召命チーム
・ 「世界召命祈願の日」(キリスト教マメ知識ラウダーテ
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※6:「フランシスコが教皇に合いに行くシーン」
(そのシーンです:字幕なし)

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※7:「アレック・ギネス」
◎アレック・ギネス (Sir Alec Guinness, CH, CBE、1914年4月2日-2000年8月5日)
 イギリスの俳優。
 1964年、舞台『Dylan』でトニー賞を受賞。イギリスきっての名優として知られるようになり、『The Horse’s Mouth』でヴェネツィア国際映画祭 男優賞、『戦場にかける橋』でアカデミー主演男優賞を受賞。1980年には名誉賞も受賞。
 『アラビアのロレンス』(1962)のファイサル王子、『スター・ウォーズ・シリーズ』旧3部作〔エピソード4~6〕(1977、1980、1983)でオビ=ワン・ケノービ役を演じたことでも知られている。だが、この『スター・ウォーズ』出演を一生後悔し、「俳優人生最大の失敗だ」と語っている。
 『ブラザー・サン シスター・ムーン』(1972)では、教皇インノケンティウス3世を演じた。

(参考)
・ 「アレック・ギネス」(ウィキペディア)
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※8:「『あなた方が求めても得られないのは、間違った動機で祈ってるからだ。願ってるからだ』っていうのがある」
===(聖書該当箇所)===
 
「何が原因で、あなたがたの間に戦いや争いが起こるのですか。あなたがた自身の内部で争い合う欲望が、その原因ではありませんか。 あなたがたは、欲しても得られず、人を殺します。また、熱望しても手に入れることができず、争ったり戦ったりします。得られないのは、願い求めないからで、 願い求めても、与えられないのは、自分の楽しみのために使おうと、間違った動機で願い求めるからです。(ヤコブの手紙4:1-3/赤字引用者)
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※9:「さっきアブラハムが、『もう10人、もう5人』みたいなことを言ってましたけれども」
 該当箇所は、この日、2016年7月24日(年間第17主日)の第1朗読箇所の中にある。この日の第1朗読箇所は、以下のとおり。
 創世記18章20~32節。
  〈小見出し:「ソドムのための執り成し」18章16~38節から抜粋〉
************
【あらすじ】
 神はアブラハムに、「ソドムとゴモラの町の罪が非常に重そうだから確かめる必要がある」と降って行くことを告げた。
 アブラハムは進み出て、「正しい者が50人いても、その町を滅ぼされるのですか」と問うと、神は、「正しい者が50人いたら、町ぜんぶを赦す」と答えた。アブラハムは、「塵あくたにすぎないわたしですが」と、さらに正しい者は45人かも、40人かも、30人かも、20人かもと、正しい者が少なくても滅ぼすことのないよう、神に願い出た。最終的に、「正しい者が10人いたら、その10人のために滅ぼさない」と約束していただくことができた。
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※10:「ひょうたん島」
 NHK総合テレビの人形劇。東京オリンピックの年、昭和39年(1964年)から、昭和44年(1969年)までの5年間、全16シリーズ1224作が放送された。
 「ひょっこりひょうたん島」という小さな島にいる個性豊かな子どもたち、大人たちが、島ごと漂流しながら、さまざまな事件に遭遇していく夢と冒険の物語。
 主題歌とともに、登場人物たちが人気を呼んだ。原作は、井上ひさし、山元護久(やまもと もりひさ)。
 画像は著作権の問題があるので表示できませんが、以下などを参考にしてください。
(参考)
・ 「連続人形劇 ひょっこりひょうたん島」(NHKアーカイブス)/当時のダイジェスト映像を見ることができます。
・ 「ひょっこりひょうたん島」(Google画像検索)
・ 「ひょっこりひょうたん島」(ウィキペディア)
・ 「ひょっこりひょうたん島」(人形劇団「ひとみ座」)
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※11:「写真見せてあげたいけど」
 無人島、2014年の写真からご紹介。
   
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2016年7月24日 (日) 録音/2016年8月14日掲載
Copyright(C)晴佐久昌英